日本人は冷たい!という外国人がいる。
助けてくれないし、見て見ぬふりをするし、、、
今日は、これについて、つぶやきたいと思う。
結論から言うと、「(物的資源の乏しい経済大国の国民として)当然でしょ!」ということである。
ポイントは、物的資源の乏しい経済大国であるということである。これは、文明国家であり、先進国であり、資源の乏しさをより知恵と努力で補わねばならない国ということである。先進国でも、資源の豊かな国は経済力をつけるためにアクセクする必要はない。
経済大国であるということは、様々なビジネスが行われている国ということであり、そこで生きている多くの人は、二つの特性が自然に身につく。
① (騙されないための)警戒心
② (時間に追われることによる)心的余裕の欠如
日本人の多くは、特に、都心部で生きる者の多くは、「警戒心を備え」「心の余裕が欠如している」ので、基本的に、見知らぬ人に冷たいのは当然だと思うのである。
加えて、日本に来る外国人は、日本人が英語や自分の母国語を喋れる前提で話しかけてくることが多い。極めて傲慢である。
日本語は、世界でも少ない非ラテン語系の言語であり、子音ではなく母音を重視する言語であり、構造も音もラテン語系や中国語系とは異なる。そうした民族の生活圏にやってきて、いきなり英語が喋れるだろうからと近寄ってくるのは、無知も甚だしいし、態度が傲慢である。
その上で、多くの日本人は、外国人に話しかけられ立ち止まってしまったら、一生懸命応えようとする。言葉をつかえない幼児が、親に自分の境遇を伝えるのにどれほど苦労するかを想像すれば、心に余裕の少ない現代日本人が、応対するのにどれほどのエネルギーを消費するか分かるのではないか?だから、逃げるのである。
また、先ほど警戒心についてふれたが、これも当然である。大きな都市にいると、「英会話」とか、「国際○○団体(何処それ)への寄付」とか、今の世情だと「コロナに苦しむ方への寄付」とか、もっともらしい言葉を言いながら、迫ってくる人がいる。はっきり言って、その多くは詐欺である。困ったことに、それをやっている外国人の多くは、自分が詐欺の方棒を担いでいることを理解していない。日本に滞在中の就労の一環のバイトをしている程度の感覚しかないのではないか?
だから、そういう人は、「寄付のお願いをしに行ったのに、日本人の多くは500円だって出してくれない。無視する人も多い。冷たい」と思うのであろう。
ここで、先ほど、詐欺の方棒を担いでいる認識がないのでは?と言ったが、それは、過去1年で私に話しかけてきた5人の外国人の全てがいい加減であったことから申し上げている。
例えば、ある時は、「国際団体AASの者です。毎日、恵まれない子供たちが貧困と病気に苦しんでいます。寄付と署名をお願いします」と言ってきた。そこで、AASとは、どんな団体ですか?国連にも類似した団体があるが、つながりはありますか?つながりがないとして、何故独立した団体を運営しているのですか?」などを質問した。結果、「分からない」であった。そこで、私はお断りをした。
私は、このときの自分の判断を、冷たいとか、悪いことをしたとか思うことはない。なぜなら、当たり前だからだ。たとえ500円だって、私が働いて稼いだ尊いお金である。それを、よくわからない団体に払うわけにはいかない。これは、慈愛や心の余裕とは別の話である。
経済大国日本には、このように、詐欺も多い。そのため、一人一人が、詐欺にあわないような見識、警戒心を持って生きなければならない。言い換えれば、詐欺が詐欺であることを見破る、判断軸を持たなければならないのである。この決断を、「冷たい」という外国人がいたとしたら、そのような無知な人の主張を聞く必要はない。深呼吸でもして、そうそうに忘れるべきだと思う。
話が長くなったが、日本人は、別に外国人に対して冷たくしようという気はない。日本語を尊重し、質問してきてくれれば、時間があるならば、一生懸命対応する。しかし、経済大国故に、詐欺などに騙されないように警戒心をもって接するので、おっかなびっくり対応する。こうしたことを踏まえて、外国人の方には、日本人が冷たいかどうかを冷静に見極めて欲しいのである。
例えば、道が分からないならば、「すみません、道を教えてもらえますか?時間ありますか?」くらい日本語で言ってほしいものである。
【本日の動画】中津川
中津川の流れの激しいところの風景です。ここには、大きな魚が沢山いましたが、流れが速くて水中撮影はできませんでした。。激しい水の音を聴いていると、目が覚めてきます!