記憶について思考錯誤

 目で見たものを覚えていて、その細部を完全に再現できる人が少なからずいるようだ。この人たちは、例えば、教科書を一度「見た」だけで、何ページの何処にどのような物が書いてあるかを思い出すことができるという。

 なんと羨ましい能力であろうか・・・。図書館や本屋さんに行けば、無限の知識を手に入れられる。かかるのは、ページをパララララとめくる時間だけである。得た知識は、資格習得や仕事に活用して収入UPにもつなげられるし、生活の質を高めることもできる。

 自分にはできないのだろうか???

 試しに、適当な本を一秒ほどの速度でめくってみる。。。到底、内容などは頭に入ってこない。覚えているのは、「ページをめくったという行動」「本のページのボンヤリした風景」だけである。肝心の詳細な「文字や絵」は、全く思い出すことはできない。

 ここで、今、できたことと、できなかったことは何だろう?

 ・できたこと:行動そのもの、ぼんやりした風景

 ・できなかったこと:詳細な文字や絵の再現


 できたことは、何故できたのだろうか?

行動は、自分で決めたことである。また、その行動を実際に時間をかけて行うことで、記憶に重みずけがされている。だから、容易にできたのであろう。。。

ぼんやりした風景を思い出すことができたのは、その道具を行動の間中、ぼんやりと認知し続けていたからだと思っている。記憶が、インパクトとそれにふれた回数(時間)で強化されると聞いたことがあるので、ぼんやり覚えているということは、ぼんやりした理解を繰り返していたと考えたからである。

でもここで疑問が生まれる。なんで、ぼんやりなの?紙面上の文字を図形として眺めることは容易である。一つ一つ、しっかりと眺めることも容易である。瞳でとらえられる領域のピントを合わせるのも容易である。ピントを合わせることは、ぼんやりとではなく、明確に風景を見ている証拠である。しかし、その再現はできないのである。

見る時間が足りないのだろうか?見る回数が足りないのだろうか?試しに、5秒から30秒に見る時間を伸ばしてみる。そして、目を閉じて、その風景を思い出そうとしてみる。何となく、文字列らしきものが思い出されそうな気がするが、詳細は無理である。

一方、5秒見て目を閉じて思い出そうとする。また5秒見て目を閉じて思い出そうとする。を6回行う。こちらは、先ほどより思い出すことができる。

この実験では、見るとき、思い出すときに、言葉は絶対に使わないと決心している。

ここまでやって、見たものを言語でとらえなおさないで直接思い出そうとした場合、「見る&思い出す」を何度か繰り返さないと思い出せないと分かった。

つまり、カメラアイを持っている人は、どうやら、思い出す力が凄いようだ。

こう考えると、カメラアイの持ち主は、思い出し方が常人と異なるのではないかと思うようになる。

人は、思いだすとき、どうしているのだろうか?目をつむる?目をつむったら、思い出せる?

私が、昔から思い出すためにやっていることは、関連しそうな言葉の列挙である。そして、何かの言葉をきっかけに、言葉で記憶していたことが思い出されるのである。

ex). あの女優 →Xというドラマに出ていて、A子の役やっていた。→ YやZというドラマにも出ていた→Zについて友人と話した場面を思い出し、さんざん口にしたBという女優の名前を思い出す

風景を思い出すことはできるだろうか?目を閉じても視界は暗いか、眼球がかすかに捉えた光を脳が何物かに解釈しようとして薄ぼんやりした像が色々変わりながらまぶたに移るだけである。

ただ、「椅子」と聞けば、自分で好き勝手に作った心の中の場に、ポツンとある椅子をイメージできる。その世界の色は自由自在であり、椅子と聞けば、椅子が中心に静止しているのをイメージできる。

このとき登場する椅子は、多分、昔見たことがある物がベースになっていて、自分の理解の中で無意識に加工された物が出てくるのではないかと思う。というのは、見たことが無いものは、知っているものを組み合わせて作るしかないからである。

ここで、この私のイメージは、頭に力を入れていてもボンヤリとしかできず、胸?に意識を向けたときに、少し明瞭にできる。イメージしている物が、過去の記憶だとして、それが頭や瞼に力を入れても上手く出来ず、胸の辺りでやろうとすると少し改善される。このことから、想起する際のコツは、意識を頭以外の場所におくことが大事なのではないかと思うのである。

じゃあ、目に力を入れて物を5秒間明瞭にみて、目を閉じて、胸に力を入れて思い出せるであろうか??

→ やってみてもあまり変わらない。

目と胸に力を入れて物を5秒間明瞭にみて、目を閉じて、胸に力を入れて思い出せるであろうか?

→ 何となく、風景が左目の後ろ辺りに残りそうな残像感がある。

このことから、今の私が思うのは、カメラアイの人は、見るときの意識を置く場所と、思い出す時の意識の場所が、頭以外にあると思う。

今日はここまで。引き続き、記憶と想起について、独自に試行錯誤していきたいと思う。

勝坂遺跡

 相模原市に約5000年前の縄文時代の遺跡があるときいて、雨の中行ってきました。相模原は、室町から江戸時代にかけて有名な出来事がなかったためか、今一つ認知が低く、また、名物もないです。しかし、それは地元を知らないだけで、ちゃんと調べると、時代時代で着実に生きていた人々の足跡を見つけることができます。今日は、「勝坂遺跡」と「有鹿神社奥宮」をご紹介します。

勝坂遺跡とは?

・場所:神奈川県相模原市南区磯部

・歴史:縄文時代中前期( 5000~4500年前 )の一大集落跡。関東地方の標識遺跡である。勝坂式土器などが発掘されている。遺跡内の有鹿の谷では、祭祀跡も発掘されている。。。

散策開始

まずは、復元集落を目指す!

竪穴式住居の内部 ( 外よりも暖かかったです。。。 )

自然の木が覆いかぶさってくる雰囲気が凄いです><

樹林の中に入っていきます!

有鹿の谷へ…

谷の色んな所から湧水が溢れ出ています。自然の力が感じられる、凄く神聖な雰囲気の場所です。。

この湧水の川には、日本固有種のドジョウが、まだ生息しているみたいです!!凄い!!!

有鹿神社の奥宮が見えてきました!

有鹿神社奥宮 -正面-

有鹿神社奥宮 – 斜め –

 きちんと参拝してきました。。。手前には、先ほどの湧水の川が流れています。足元が水に浸かりながらその水源方向に上がっていきますと。。。

 小さな鳥居が!!おそらく、御神体だと思われます。5000年ほど前の私たちの先祖も、この有鹿の谷の水源を大切に崇め、五穀豊穣と安寧を願ったことでしょう。日本固有種のドジョウが今日まで生きていることは、はるか太古の昔とあまりこの地が変わっていないことを表しているのではないかと思います。先祖らが崇めたであろう景色を、令和の世でみることができることは、幸せな体験だと思いました。

近くの木の根元からも水が染み出していました。

なんか、木から雑草に至る全てが、パワフルなんですよね・・・大地のエネルギーを感じずにはいられない場所です。

ケロッピ

良い散歩と参拝でした。

尚、有鹿神社の本宮と中宮は、海老名市にあります。

昨年のGWに行きました。

その昔は、かなり大きく、広大な荘園をもっていたそうですが、今は、こじんまりとした綺麗な神社です。

伊達に、神奈川県最古じゃないですね。恐らく、5000年前の古代遺跡から祭祀跡があることからして、最大でそのくらい古いのだと思います。。

こんな御神木もありました…木の根元の小さな鳥居が、何だか、ゾクっとします。精霊が出てきそうな雰囲気でした。