関わらない方がよい人

関わらない方がよい人がいる。SNSでも、ブログでも、ツイッターでも、現実世界でも、ときに親族でもである。

何故関わらない方がよいかというと、自分から活力をはじめとする大事なものが奪われるからである。人は、霊(レイ)・魂(コン)・魄(ハク)で出来ている。霊とは心であり、魂とは気のことであり、魄とは脳を含めた体のことである。関わらない方が良い人に出会うと、霊と魂が大きく傷付けられるので、それに引っ張られて魄も弱まると考えられる。

では、どういう人と関わらない方が良いかと言うと、下記の特徴を持った人である。

①. 根拠なく否定する人

②. 物事に取り組むにおいて、覚悟が乏しい人

③. 建設的ではない人

④. 利己的すぎる人

まず、①である。エンジニアをしていると、自分が心血を注いで設計した物を審査される場が多々ある。そんなとき、まあ、言いたい放題言われることが多い。

「これはダメだ、やりなおし! ( 何で? )」

「あれが入っていない!(あれじゃ、わかんねーよ。何それ?)」

「これ、こういう場で、こんな感じで、あんな風に、こうしてああして使っても大丈夫って、どう保証するんだ!(そんな稀少な状況、起こりうるのか?統計リテラシも知らないのね…)」

※( )内は、私の思い。

どれもかれも、何故否定しているのか分からないし、分かったとしても、その否定の前提としている条件が、何だか釈然としないことが多い。上記は仕事での一例なので、こんな低能な連中にも、誠実に対応しなければならないのだが、日常生活ではほぼ関わりたくない。彼らは、自分の発言の前提を(自分で)理解していないことが多く、その上、否定意見の理由を明確に述べないので、、関わる場合は、私から彼らの思考を読み取って、確認する必要があるからだ。それは、とても疲れることであるし、、中には、、その確認行為を馬鹿にされたと解釈して辛辣な言葉をかける人もいるので、それで余計につかれてしまう。だから、接しない方が良い。

次に、②である。やると決めたら行動する。この気概がない人は、こちらが気を使い疲弊するだけなので、関わらない方が良い。例えば、婚活パーティーに参加しているくせに、プロフィールなどに、お友達を探しているなどと書いている人が割と目に付く。頭が弱すぎるか、燃えるような恋をしたいことの表れだと察するが、、言葉にできない時点で覚悟が弱いのは間違いない。こんな人と会話をするだけ時間の無駄だし、仮に取り繕えてもそこから先が辛い。

③は、建設的ではない人である。論理的でなくても良い。感覚的であっても良い。それでも、前向きで、一緒に状況を良くしていく姿勢がなければ、こちらが一方的に毒を受けるだけである。だから接しない方が良い。

④は、自己中ということである。歩きスマホ、走りスマホ、コロナ下での電車内での飲食、コロナ下でもマスクをしない、感謝と譲り合いの姿勢がない、、そんな人がいると、気を使うのは、こちら側である。だから、接しない方が良い。

先日、会社の先輩社員と特許出願をした。設計者の重大な業務であり、製品の上市が近いので特急で出す必要があった。ところが、企画部のあるおばさん社員が、いきなり、「企画部長の許可をもらったからその提案を私に譲渡してください。」と言ってきた。理由を聞くと、「企画部の社員は、その業務の性質上、製品開発することも出来ず、図面を作成することもできないから、有効な特許提案をしにくい立場にある。よって、設計者から譲渡してもらったり、共同提案にしてもらわないと不条理である。」というのがそのおばさんの口上であり、その許可を企画部長にもらってきたというのである。。

私は、当然そんな理不尽な要求は飲めないので、下記の意見を述べた。

[1]. 当該提案は設計者が心血を注いで考えた知的財産であるので、他部署の上長の指示があっても、発案者の同意なしに譲渡、または共同提案にすることは出来ない。

[2]. 企画者が、職務上特許提案しにくいことは理解を示すが、それは主業務ではないからである。よって、その立場故に、特許提案が主業務の一つである設計者に、発案の譲渡、または共同提案を要求するのは、筋が通っていない。

これに対し、おばさんは逆上し、部長らをCCに含めたメールで私を激しく糾弾し、罵詈雑言を投げかけ、最後は「私は正しい。私は部長たちの言葉を代弁した。問題提起をした。設計からの考案は私がもらうべきものなのに、設計に邪魔された。」となどと発言し、、彼女は、当該部署の部長と室長に暫く隔離され、指導を受けることになった。

彼女は、支離滅裂な主張(①)を行い、主張に責任がなく(②)、建設的ではなく(③)、自分本位(④)であった。仮に、彼女が激しい生理を抱えていたり、私生活の問題で情緒不安定であったとしても、社会人としてあるまじき状態だと私は感じ、彼女の知能と精神性と未来をあんじた。後日、私は、自分の設計部の部長と室長、および企画部の部長と室長と打ち合わせを行い、知的財産権とその扱い方の理解の共有、企画部の特許発案業務の在り方の是正依頼、及び是正案の提示、発案の譲渡や共同発明の場合の扱い方(=財産なので、基本は発案者との直接合議。上長による他部門の発案者への指示は無効。)について基本合意を行った。

今回の一件で、私は、このおばさんとは、今後仕事以外では口をきかないと決心した。長くなったが、皆さんも注意してもらいたい。

【本日の動画】

幸せは心がけ次第です。豊かな心、脳を鍛え、健康な体を作り、感性を磨きましょう。

人をみるということ

今日は、人をみるということについて呟きたいと思う。

日々生きていると、何十、何百、と言う人と出会う。知人がおり、友人がおり、家族がおり、ときに恋人がいる。

学生は、毎日、クラスの友達、先生、部活の仲間に出会う。

婚活や恋活、意図的な友達作りをしている人は、それなりのコミュニティに参加したり、アプリを使ったりするので、毎日、何十人という異性と出会うであろう。

社会に出て仕事をする人は、毎日、チームや得意先と出会い、、毎日、多くとも20人弱と関わるであろうか。

このように、我々人間は、日々、他人と関わって生きているのだが、今まで生きてきて、多くの人が人をちゃんと見ていないと良く感じ、本日のこの記事を書くことにした。何も、私が承認欲求が強く、認められてこなかったから、この記事を書くわけではない。

「物事をちゃんとみる」とは、どういうことであろうか?

それは、今、自分の目の前にある物や事を、自分の五感で捉えるということである。それが、良く知っている物や事ならば、捉えなおそうとするということである。

なぜ捉えなおす必要があるのか?それは、物事の今をちゃんとみて、真剣に向き合うためである。まして、それが人相手ならばなおさらである。

私は、人は三日で別人になれると真剣に思っている。学生であれば、三日前には明らかに間抜けだった奴がテストで良い点をとったり、恋人ができて素敵な経験を経て一気に所作に余裕をみせるようになったり、三日間で仕事に必要な知識を習得し会話についてきたり、、そんな経験をしたこと、そんな変化をした者を、数多くみてきたからである。また、三日前は元気で、今はこの世にいないとか、、三日前は幸せだったのに、今は鬱になっているとか、そんな変化も目の当たりにしてきた。

今、人も世の中の変化も、速いのである。こんなとき、意識的に、捉えなおすことをしなければ、本質を見落としやすくなるのは当然である。

せっかく大人になり、自信を深め、物事にチャレンジしようとしている男がいたとして、、その変化に気が付かず今まで通りに子供のように接したら、それこそ失礼であり、、せっかくのパートナーを失うことになるのである。

せっかく自己研鑽をした人がいても、その成長を探ろうとせず、今まで通り接していたら、宝も腐ってしまう。まずは、毎日、毎瞬、出会う度に、、会話の中でその人を捉えなおそうとして欲しい。きっと、相手は喜ぶし、それは、あなたに幸運をもたらすことは間違いない。

数年前に興味がないとして振った異性だが、今目の前で会話していて、捉えなおしたらあれ?と思うこともあるのである。もっとも、この話をしていて思うのは、「ちゃんと捉える」とき、「自分の記憶」と照合するのだが、その記憶が常に変動していることに注意が必要だということであるが。。。

私は、毎回、出会う人、会話する人、メールする人、、真剣に捉えなおしています。とても疲れることだけど、とても楽しく、ときに(知りたくないことも気づいてしまって)辛く、全体的に素晴らしいことだと思っています。

では。

【本日の動画】ハングリースパイダー

(捕食者である)蜘蛛が、(獲物である)蝶に恋をする物語です。好きなあの子を、生きるために食べるべきか、あの子の幸せを考えて逃がすべきかに葛藤する蜘蛛の心を描いた歌です。逃がしたとしても自分の恋心は報われず、蝶は自分を敵としてしか捉えず去っていくのみ。しかし、情をかけずにはいられない蜘蛛。。何と言う情景であろうか。。美女と野獣は、美女が野獣の本質を理解したからこそ、そこに愛があり、野獣の献身と悲哀、そしてハッピーエンドが見る者を幸せにしてくれた。しかし、蜘蛛と蝶は、、、。内面を理解すること、その重要性を気が付かせてくれる、麻薬のような名曲です。

エンジニア,問題解決,基本

私は、機構設計という分類のエンジニアである。

材力、工力、流体力学、回路、熱、統計力学といった知識を駆使して、製品を成立させる形状や機構を作るのが仕事である。簡単に言えば、製品を目に見える姿にするのが仕事である。今を時めくソフト設計者は、機構設計者が作った物に、命を吹き込む役割である。これもまた、重要な仕事である。

本日は、こうしたエンジニアが、業務上の問題を解決するときにやるべきことを申し上げたいと思う。

それは、「問題をしっかり把握し、原因仮説を立て、個別に対策法を立案する」ということである。

こんなことは、当たり前のことなのだが、実際に、それなりの大手と言われる会社で何年も働いていて思うのは、この当たり前のことができない人がほとんどなのである。

本日、私か申し上げたいことは、これで終了である。ただ、話を終わる前に、「この当たり前のことをやっていない殆どの人は、どうやって対策してきたのか?」を示したいと思う。自分が、そうなっていないかを自問してもらうためである。

【多くの人の問題対策の仕方】

 過去の類似した成功体験を思い出す ➡ ( その「仕組み」を理解せず )対策を実行する

このアプローチの良くない点は、二つある。

① 目の前の問題を、分析していない。

そのため、成功体験における問題が、直面している問題と等価か分からない。

よって、対策が的外れになる可能性が高い。失敗してしまったら、また類似例を記憶から探せばよいと言うかもしれないが、そんなに沢山の記憶を引っ張り出せる人は中々いない。ベテランでもそうである。それができる人がいる職場は幸せだか、それはまれだと思った方が良い。大抵は、皆、沈黙である。

② 成功体験が何故成功したのかの仕組みが、分かっていない。

そのため、対策が失敗したときに、なすすべを失う。このとき、失敗した事実を元に、思い付きのCUT&TRYを積み上げて結果を出す方法もあるが、これでうまくいことは中々ない。上手くいったとしても、予想外の時間とお金を費やすことは確実である。

こうならないようにするためには、「問題を分析し、原因を仮説立て、対策案を立てる」という思考を、大学受験であったり、大学や大学院の研究を通じて多くの人は学んできたはずなのだが、いざ、実際に取り組むとなると、何故か出来ないのである。

本日申し上げたことは、実は、ベテラン社員が良くやりがちなことである。ベテランになると、経験が沢山蓄えられてくるので、無意識にそれを過信し、その中で解決しようとするからである。そんなとき、その成功対策の原理が分かっていて、かつ問題が過去の成功体験と等価であると分かる場合ならば良いのだが、、同じような課題に対してベテランでも、、若輩と同じく、むしろそれ以上に問題解決に難儀している姿を多く見てきて、ああ基本を疎かにしているんだなと、確信をするのである。

【本日の動画】高麗川のせせらぎ

最近、少し体調を崩しており動画の撮影に行けていません。少し前に行った、高麗川のせせらぎです。ボーっと眺めていると、眉間の左側が何だかムズムズしてきます。