共創プロジェクト

私の会社は、ある種の嗜好品を作っているので、景気に左右されずにいつも黒字を出している低く安定した会社である。

しかし、何事にも永遠はないので、昔から新たな価値を生むためのプロジェクトが何度も立ち上がり、、そして、消えてきた。

そんな中、国内のどのメーカーも、自社だけでは強力な市場を築きにくいことを身に染みて理解してか、「共創」というキーワードを良く耳にするようになった。

これは、「組み込み」、「ODM」、「複数社のブランドを背負った製品やサービスを作り、一気に強力な市場を作る」などというビジネスモデルである。集団連携技の得意な日本人にこそふさわしいような在り方に感じる。

私の会社も多数の共創プロジェクトを立ち上げており、既に、そのヴィジョンを公表している。

こうした中、私も一人の機構設計者として、主業務とは別に、ある共創プロジェクトに参画している。先日、東京駅近くにある某巨大企業に行ってきた。

既に、試作機がその会社のロビーで運用されている。売り込み方次第で、大きな可能性を感じている。もっとも、これは、全ての製品・サービスにも言えることだが…。

安全性、品質、法律はそこそに、勝手に独自規格を作ってお客を混乱させ、スピード・価格・斬新さを武器に市場を席巻する中華系、韓国系企業に勝つためには、「共創」は今後ますます重要なテーマであろう。

余談だが、例えば、プロジェクターには、光出力の強さを示す「ANSIルーメン」という規格がある。この値が高い製品を作ることは、それなりの技術(お金)と時間が必要である。そのためか、中華系は、「独自のルーメン(ANSIルーメンより弱い)」を定義して、安く、小さい製品を短い開発期間で発表している。騙されないように注意願いたい。中華系2,000lmは、2,000ANSIルーメンより暗く、蛍光灯の下では使い物にならないです。

話は戻って、「共創」という事業モデルを積み重ね、日本人の特性を活かし、大陸や欧米勢が真似できない企業体の在り方が確立できれば、今後明るい兆しが望めると思っている。海外勢は、傑出した天才の手腕で攻勢をかける、それに対して連合体で立ち向かえば負けにくくなるのは道理だからである。

・・自分で書いていて思ったが、これは財閥体制への回帰なのかもしれない。。しかし、日本人は過去、常に、何かにかしずいて、その為に命を捧げて生きてきた民族である。結局、それが合理的であり、長い目で見れば心地よいのかもしれない。少なくとも、私は、それが勝機であり、海外勢が最も恐れる日本人の底力だと思っている。ロボコンや、グループでの高い研究成果、陸上のリレー、ゲーム大会をみても、それを感じる。。

コロナはまだまだ収束には遠いが、これからもちょいちょい東京駅近辺に通うことになりそうである。。その中で、「共創」を実現し、時代の一部に触れられたら幸せであると思うのである。

【本日の動画】中津川の水の中

魚が泳いでいるのが確認できますね😄 美しい川です。この川の透明度の高さも記憶にとどめておいて欲しいです。先日の、多摩川に流れ込む浅川の水中動画と比較していただければと思います!では!!

日本人の宗教とは?

日本人って、何を信仰しているの?と、たまに外国の方に言われることがある。

それに対して、私は、まず、

「日本は、単一宗教国家ではないです。だから、日本人は、ぞれぞれ信仰が別々です。無信仰の方もいます。」

と答える。そうすると、次に問われるのは、私の信仰についてであるが、私は

「神道( または、仏教 )」

と答える。

理由は、二つである。

① 日本人は、天皇を象徴とする国民である。天皇は、神道上の最高のシャーマンである。よって、そのシャーマンを象徴とする時点で、シャーマンの信仰を信じようとするのは自然である。もちろん、強制力はないので神道を信じなくてもよいが、その者は、愛国心のない非国民的思想の持主のように分類されることを認識した方が良い。

② 神仏混合が定着しているから

神道上の神と、仏教神が上手く融合されているので、どちらを信じても、原則はよい。ただし、神道や仏教から分派し、その流れを断絶し、独自の神や対象を信じる宗派は、仮に分類上、神道や仏教に属しているとしても、私は今のところ信じるつもりはない。

私は、こう考えているので、神社にもよく行くし、仏閣にもよく行く。そして、手を合わせ、「参拝させて頂いたことへの感謝、現状への感謝、一族や世の安寧祈願、自己の努力と目標、それらが次の世の発展につながること」を口上する。

ここまで説明すると、ある外国人は、「日本人は信じる者のない、フワフワした民族と思っていたが、そうじゃないことが分かりました。」と言ってくれる人がいる。

別に、ここまで言う必要はないのだが、せめて自分がこの世の中で、「何を信じて生きているのか?」「どんな使命を持って生きていると考えているのか?」を(自分だけで)考え、答えられるようになると、苦しいことがあっても前向きに頑張っていけると思っている。

【本日の動画】浅川の水の中

沢山魚がいました。。。が、水が結構濁っています。ただ、綺麗なところは凄く綺麗なんです。皆の心がけ次第で、もっともっと美しい川になると思うので、その綺麗な一面も下記にUPします。

水苔に群がる気泡

日本人は冷たいという外国人

日本人は冷たい!という外国人がいる。

助けてくれないし、見て見ぬふりをするし、、、

今日は、これについて、つぶやきたいと思う。

結論から言うと、「(物的資源の乏しい経済大国の国民として)当然でしょ!」ということである。

ポイントは、物的資源の乏しい経済大国であるということである。これは、文明国家であり、先進国であり、資源の乏しさを知恵と努力で補わねばならない国ということである。

経済大国であるということは、様々なビジネスが行われている国ということであり、そこで生きている多くの人は、二つの特性が自然に身につく。

① (騙されないための)警戒心

② (時間に追われることによる)心的余裕の欠如

日本人の多くは、特に、都心部で生きる者の多くは、「警戒心を備え」「心の余裕が欠如している」ので、基本的に、見知らぬ人に冷たいのは当然だと思うのである。

加えて、日本に来る外国人は、日本人が英語や自分の母国語を喋れる前提で話しかけてくることが多い。極めて傲慢である。

日本語は、世界でも少ない非ラテン語系の言語であり、子音ではなく母音を重視する言語であり、構造も音もラテン語系や中国語系とは異なる。そうした民族の生活圏にやってきて、いきなり英語が喋れるだろうからと近寄ってくるのは、無知も甚だしいし、態度が傲慢である。

その上で、多くの日本人は、外国人に話しかけられ立ち止まってしまったら、一生懸命応えようとする。言葉をつかえない幼児が、親に自分の境遇を伝えるのにどれほど苦労するかを想像すれば、心に余裕の少ない現代日本人が、応対するのにどれほどのエネルギーを消費するか分かるのではないか?だから、逃げるのである。

また、先ほど警戒心についてふれたが、これも当然である。大きな都市にいると、「英会話」とか、「国際○○団体(何処それ)への寄付」とか、今の世情だと「コロナに苦しむ方への寄付」とか、もっともらしい言葉を言いながら、迫ってくる人がいる。はっきり言って、その多くは詐欺である。困ったことに、それをやっている外国人の多くは、自分が詐欺の方棒を担いでいることを理解していない。日本に滞在中の就労の一環のバイトをしている程度の感覚しかないのではないか?

だから、そういう人は、「寄付のお願いをしに行ったのに、日本人の多くは500円だって出してくれない。無視する人も多い。冷たい」と思うのであろう。

ここで、先ほど、詐欺の方棒を担いでいる認識がないのでは?と言ったが、それは、過去1年で私に話しかけてきた5人の外国人の全てがいい加減であったことから申し上げている。

例えば、ある時は、「国際団体AASの者です。毎日、恵まれない子供たちが貧困と病気に苦しんでいます。寄付と署名をお願いします」と言ってきた。そこで、AASとは、どんな団体ですか?国連にも類似した団体があるが、つながりはありますか?つながりがないとして、何故独立した団体を運営しているのですか?」などを質問した。結果、「分からない」であった。そこで、私はお断りをした。

私は、このときの自分の判断を、冷たいとか、悪いことをしたとか思うことはない。なぜなら、当たり前だからだ。たとえ500円だって、私が働いて稼いだ尊いお金である。それを、よくわからない団体に払うわけにはいかない。これは、慈愛や心の余裕とは別の話である。

経済大国日本には、このように、詐欺も多い。そのため、一人一人が、詐欺にあわないような見識、警戒心を持って生きなければならない。言い換えれば、詐欺が詐欺であることを見破る、判断軸を持たなければならないのである。この決断を、「冷たい」という外国人がいたとしたら、そのような無知な人の主張を聞く必要はない。深呼吸でもして、そうそうに忘れるべきだと思う。

話が長くなったが、日本人は、別に外国人に対して冷たくしようという気はない。日本語を尊重し、質問してきてくれれば、時間があるならば、一生懸命対応する。しかし、経済大国故に、詐欺などに騙されないように警戒心をもって接するので、おっかなびっくり対応する。こうしたことを踏まえて、外国人の方には、日本人が冷たいかどうかを冷静に見極めて欲しいのである。

例えば、道が分からないならば、「すみません、道を教えてもらえますか?時間ありますか?」くらい日本語で言ってほしいものである。

【本日の動画】中津川

中津川の流れの激しいところの風景です。ここには、大きな魚が沢山いましたが、流れが速くて水中撮影はできませんでした。。激しい水の音を聴いていると、目が覚めてきます!