呼吸法

 お久しぶりです。最近、新人教育やら、難しいメカニズムの課題やらに寝食を忘れていたため、更新が滞っていました。高麗神社に参拝したためか、仕事が私に集中している気がします。。。苦しくはないところをみると、比較的上手く処理できているのではないかと思います。

 今日、ふと、何故苦しくはなくなったのか?卒なくこなせるようになったのか?を考えていました。別に、色んな欲を満たす出来事があったわけではないですが、一つ、私が意識的に取り入れている習慣を思い出しました。それは、呼吸法です。恐らく、丹田呼吸法と呼ばれる呼吸法だと思います。

 一般的に、呼吸法には三種類あります。胸呼吸、腹式呼吸、丹田呼吸です。

胸呼吸は、意識が胸にあって、そこに空気を送り込む感じで行う呼吸法です。私は幼少の頃から鼻が悪かったので、口呼吸になりがちで、必然的に胸呼吸になっていました。この呼吸は、手っ取り早く肺に空気を送り込めるのですが、呼吸が浅くなり、酸素たっぷりの血を呼吸の反動で全身に送っている感じがしないです。長時間、デスクワークなどしていると、頭がくらくらしてきて、まいってしまいます。

腹式呼吸は、意識が腹にあって、そこに空気を送り込む感じで行う呼吸法です。私は、基本的に鼻だけで行います。呼吸自体は肺が行っているのですが、吸気時にお腹が膨らみ、吐気地のお腹を凹ませます。呼吸に合わせて、横隔膜を意識的に動かす行動ともいえるかもしれません。ゆっくり行うことで、酸素たっぷりの血を全身に送っている感じがします。気持ちが落ち着いてきて、何かをやったろう!という前向きな気持ちになります。

丹田呼吸は、意識が下腹部にあって、そこに空気を送り込む感じで行う呼吸法です。吸気時に下腹部に空気を送り込む意識で呼吸をします。何となくですが、腹筋の内側や腹斜筋を通じて空気が下腹部に送り込まれるような感覚でやっています。吐気時は、お尻の穴を少し締める感じで下腹部から空気を押し上げ、鼻から出します。腹式呼吸以上に、全身に酸素たっぷりの血を送り込んでいるような感じになります。とくに、頭がスースーしてくるのと、体が少し暖かくなってくる。そして、集中力が増すのが気持ちよくて、四六時中やってます。腹式呼吸は、横隔膜を意識的に動かす呼吸だとすれば、丹田呼吸は、横隔膜と骨盤隔膜を動かす呼吸ではないかと考えております。

なお、昔の日本人は皆、丹田呼吸をしていたそうです。そうでないと武道、茶道、華道、踊り、能、書は、上手くできないそうです。幕末の武士が記憶力や行動力に優れていたのも、丹田呼吸で酸素たっぷりの血流を全身に送り込んで、さえていたからかもしれません。

ネットで丹田呼吸を調べていたら、潜在意識は内臓に宿っていて、腹式呼吸や丹田呼吸で内臓に刺激を与えることで、それらをコントロールする方法を模索している人がいるようです。また、丹田呼吸で、瞬間的な記憶を可能にする方法を見つけた人もいるようです。。。(本当なら、もっと人生変えたい!)

呼吸法は大事です。梅雨の中で気分が優れない方、腹式呼吸や丹田呼吸を試してみたらどうでしょうか?気持ちが落ち着き、前向きになれますよ!

では!

雨の日の散歩

 私は、迷いがあるときに、神社や自然に触れに出かけます。自然の単調さと不規則さの入り混じった風景や音、香りを感じることで、心が洗われるからです。

この休日も、雨の中、自然に触れに某河川敷をお散歩してきました。雨風が予想以上に強く、ズブ濡れになりましたが、風を感じる度に、気持ちがスッキリしていくような感覚がしました。

そうした気持ちの中で自然を見てみると、色んな発見があります。色んな色や種類の石、鯉以外の魚、蛙の鳴き声、カタツムリ、雨宿りしているカラスや小鳥たち…その一つ一つに気が付くことが、また、宝物を得た感覚に近く、心を元気にしてくれます。悩みがある方、天気が悪くても自然に触れることをお勧めします!※ 危険な場所にはいかないでね。

土砂降りの中、何とか撮影した三枚をUPしますね。

遠くに、白鷺 が見えました!脚が細いので、水の流れの影響を受けにくいんでしょうね。白波の立つ水流の中で微動だにしないその安定感に感心させられました。

余談ですが、日本の鹿島系剣術流派の最高段位(= 免許皆伝や印可)では、「浮鳥の位」というのがあります。いかなる状況下でも乱されず、技を発し勝つという、必勝の極致です。

困難に苦しんでいる方は、それを激しい水流に例え、その中にいる自分を浮鳥に例え、なぜ鳥が激流に動じないのか?を考えれば、上手く乗り越えるヒントを得られるかもしれません!

白鷺の近くに、黒鷺もいました。でも、黒鷺の中に、色の白い奴もいるみたいなの、さっきのは仲間?ツガイ? 激しい雨の中、こいつも動じない感じでした。

・・・因みに、鷺って、鶴に似ているけど、ペリカンの仲間なんですね。あと、鶴って相当大きいから、もし眼前にいたら怖いと思い、なぜか震えました。。。

川の逆流現象が確認できました。手前の流れは、向かって左から右に流れています。左が上流側です。しかし、奥側は、右から左に向かう流れが起こっていました。

これは、明らかに、「上流側に向かって一部下流側よりも川底の高さが低いこと」と「この流れ込んだ先は上流からの流れと直接つながっていないこと」を示しています。

水が、高いところから低いところに向かって流れるのは自然の摂理です。また、もし流れ込んだ先が上流と直接つながっていたら、上記の自然の摂理で水が上流から流れ込み、左から右という一般的な流れになるはずだからです。

大変恐ろしい、しかし、珍しい現象です。この流れ込んだ先がどこまで続いていて、何があるのかは、今度調べてみたいと思います。

ではでは^^

試練

 動物が生きる目的とはなんであろうか?なぜ生まれてきたのであろうか?冷静に考えたら、謎である。

 神道や仏教、日本の古代信仰の書籍を読んでみると、魂の修行のために宇宙から地球に降り、生を受けるという考えが多いのに気が付く。我々は、生を受け、試練を経験することで魂を鍛え、そして天寿をまっとうすることで宇宙に帰るということである。

 微生物も、虫も、犬猫も、皆、魂の修行のために地球にやってきているのだという。

 生を得るためには、その入れ物である体が必要である。体は、タンパク質の合成体なのだが、上手いことに生殖という仕組みによりそれが作られる。

 今、生を得るためにといったが、生を得ようとしているのは古代信仰などにおける宇宙にいる神や魂である。しかし、入れ物である受精卵を作るのは生物である雌雄(女男)である。魂は、どこで受精卵に入るのであろうか??

 昨年、生まれる前の記憶をもった少女の本が出版されたが、そこには、赤ん坊は、自分が生まれたい夫婦、とりわけ母親を選んで生まれてくるという。

 とすれば、魂は、好みの夫婦や女性を宇宙から見ていて、その女性が受精卵を宿した瞬間にそこに入り込むものと思われる。逆に、排卵日に生殖をしても受精しない、または受精できない状況にあることは、その女性が神や魂に愛されていないことを示しているように思う。よって、この少女の記憶を正しいとするならば、女性は、または男性も、神、仏、万物、宇宙に対して、感謝の気持ちを持ち、愛されるようにしなければならないであろう。日本の少子化が進行する、非科学的な理由は、ひょっとしたら神仏への信仰心を日本人が忘れがちになっているからなのかもしれない。。。

電気製品の簡易熱設計

電気製品の簡易的な熱設計の方法の一例を紹介したいと思う。自作パソコンの冷却、自分でプロジェクターを作ろうとしている人などは参考になるかと思う。

設計要求事項の定義

物作りをするときは、「何を作りたいのか?」を明確にする必要がある。ここがブレていると、検討が進まず、曖昧な物を作ることになる。企業で言えば、企画書がこれにあたる。ここでは、仮に、下記のように定義する。

・製品サイズ:150×180×100

・熱源数:5 (それぞれA,B,C,D,E とする)

・発熱量P( 以下の通り。添え字は、各熱源を意味する )

 Pa=50W, Pb=20W,Pc=15W,Pd=5W,Pe=5W

・目標温度( 以下。添え字は、各熱源を意味する。この温度以下にすること )

 Ta=60℃, Tb=70℃, Tc=50℃, Td=50℃, Te=50℃

 ※これらは、一般に動作保証温度として、部品の仕様書に記載されています。

・動作環境:5~35℃。

→ したがって、35℃環境で上記目標温度以下にすることを目指す

・部品サイズ:

 A:20×90×5, B:10×20×3, C:15×20×1, D:20×20, E:100×80×1

上記の条件下で、それぞれを冷やす方法を考える。

事始め

まず、問題は、「各部品を目標温度に冷やす冷却の仕組み(システム)」を作ることである。よって、冷却システムの性能を表す「熱抵抗値」で、問題を記述し直す。

知識: 熱抵抗値の定義式 R=ΔT/P

FAN選定

次に、使えそうなファン(扇風機)の選定を行う。そのために、製品内部の熱量を外に放熱するために必要な風量を簡単に算出する。

まずは、製品表面から自然の放熱する量をもとめ、それを内部熱量から引く。それが、放熱すべき発熱量となる。

ここで、下図の表横のような関係式があるので、そっから風量を求める。

風量の単位は、ファンメーカーによってまちまちなので、ここで一覧で分かるようにしておくと便利である。

次に、先に求めた風量の二倍の値が、スペック上の最大風量になるようなFANを探す。

ネットで探すと、上図のように、見つかった。このFANのサイズは、80×80×38である。ない場合は、FANメーカーに問い合わせて、カスタムで作るというのも一手である。( 高いけどね… )

レイアウトを検討しよう

ここで、冷却対象部品とそのサイズ、発熱量、筐体サイズ、必要なFANとサイズが分かってきたので、レイアウト検討を行う。例えば、Excelのセルを揃えて、1マス10mmという具合に仮定して、部品を配置してみる。パズルのような感覚である。今回は、仮に、下図のような感じにしてみた。

向かって左が、製品を上から見たイメージ。右が、右側面から見たイメージである。どうしても製品の下面には基板などがくるので、熱い部品は上になってしまった。向かって上側が吸気面。下側が排気面とする。排気面のすぐ前には、選定したFANを配置し、換気扇のように、空間の空気を外に追い出すように配置した。流路は、主に二つ。間には、流路を明確に分けるために、壁(ダクト)を配置した。

流れ場の計算!通風抵抗と実効風量を求めよう!

ここで、流れ場の計算を行う。筐体の内部に、とのくらいの空気抵抗があるのかを把握するためである。詳しいことは、専門書に譲るが、通風抵抗を求めるのである。通風抵抗Raが求まると、空気の圧力Pと風量Qの間に、P=Ra・Q^2 という関係があり、ここからインピーダンス曲線というものを描くことができる。製品内部にこのくらいの量の風が流れると、空気の圧力はこのくらいになる!というの表す曲線である。

ここに、選定したFANの性能特性であるPQカーブを引き、その接点(動作点)を求めれば、このFANをこのレイアウトの製品に搭載したときの、風量と風の圧力が求まるのである。

入力箇所拡大

出力箇所拡大

今回、通風抵抗を求めるにあたって、並列の流路があったので、まず個別に抵抗を求め、合成則に従って、合成した。

次に、PQカーブとインピーダンス曲線を描く。

内部温度、ヒートシンク必要放熱面積、部品温度を求めよう!

次からは、部品の温度を求めていく。そのために、製品内部温度、部品毎の熱伝達率、部品毎の放熱面積(=ヒートシンクの放熱面積)を求め、最後に部品の温度が導かれる。

という感じで、このレイアウトに、このFANを積んだら、部品の温度がどうなる?というのを予測することができた。

ヒートシンクを積むことを考えると、ちょっと要求の製品サイズには収まらなそうですね。少なくとも、あと、X[mm]は高くしなければいけないかもしれない…などと目算することができる。目標温度にも、後少しという感じですかね。

また、ここで、所望の熱抵抗値になったかどうか?いいかえれば、所望の冷却システムを作れたかどうかを判定すると、下記のようになる。

当初見込んだ部品毎の熱抵抗値に対して、選定したFANや設計したヒートシンクの放熱面積による予想部品温度から求められる現実的な熱抵抗値(=実効熱抵抗値)を比較する。

熱抵抗値は小さければそれだけ優れているから、実効熱抵抗値≦当初見込んだ熱抵抗値 となっていれば合格!(OK)、それ以外なら不合格(NG)とする。

試しに、部品Aの放熱面積を167,877mm2 から140,000mm2 と減らすと、部品Aだけ、NGとなる。

CADやCAEに入る前に、こうした検討をできるようになると、落ち着いて開発に望むことができます。こうしたことが無いと、切った貼ったの試作実験、あれやれこれやれといった検討項目の爆発巻き込まれるのでご注意を!

下記に参考書籍を書いておくので、気になるかた読んでみて、独自にフォーマットを作成して、熱設計をやってみることをお勧めします。

【参考文献】

国峯・中村著、熱設計と数値シミュレーション、オーム社、2015

本日のフォーマットをご要望の方は、連絡ください。

【本日の熱設計手法の手順まとめ】

① 必要情報の収集と整理( サイズ、発熱量、目標温度、使用環境 )

② FANの選定

③ レイアウト検討

④ 通風抵抗と実効風量の算出

⑤ 内部温度、ヒートシンク放熱面の算出

⑥ 部品温度の算出

⑦ 冷却性能が得られたかどうかの判定

⑧ 考察

母の努力

私の母は、絵を描くのが趣味である。かれこれ、10年以上絵の教室に通っている。

はじめは、知り合いのツテで入った教室の一生徒に過ぎなかった。

しかし、3年目辺りから賞を取り出し、5年目辺りからは大賞を取り出した。

県知事賞、市長賞、大臣賞など…

同じアーティスト( 私は、設計の仕事をしています )として、たまに母に聞くことがある。

その豊かな感性や、その絵を描こうと思った動機は何処からくるのか?と…

母は、「よく分からないが…」と前置きした上で、答える。

「万物に感謝する。動植物を可愛がる。美味しい物を食べたり、作ったりする。とかは、毎日意識している。」

素晴らしい考えである。

今年も、某県の知事賞の授賞式に出かけがてら、今、某所を旅行中らしい。

夢は、小さな無料の個展を開き、それらの本にまとめ出版することらしい。

同世代の女性と比べて、極めて向上心が高く、能動的な目標がある母の姿に心打たれるばかりである。

5月写真

毎度、色々な写真を撮っております。

良い土地には植物が元気に育ってくれます。そして、それを見たり、触れたりすることで、人も元気になれます。元気になる指標としては、植物に手をかざし、鼻から息を吸い、胸呼吸をしてみてください。とても楽に呼吸できますよ!

( ↑ これ最近の気づきです。人、写真、神社、絵、植物、風景をみたり、ふれたりするとき、この呼吸法で苦しくなるものと、楽になるものがあります。きっと、これがフィーリングという感覚の一種なのかもしれません。苦しくなるものには、近づかないようにしようと思ってます)

5月初頭 実家紫陽花

5月末 実家紫陽花

5月末 実家紫陽花

5月末 実家紫陽花 と テントウムシ幼虫

ドクダミ( 薬草としての効能があるありがたい野草 )

アロマティカス( 昨年地に下したら夏の終わりに枯れた。。。一年草だと思っていたら、また生えてきた!庭が凄いアロマ臭で溢れている)

ああ、綺麗だ~

くらくらしてくる・・

こういう、主役にはなれないけど頑張っているモノを、私はとても愛おしく思います。

ツツジって、こんなに花凄かったっけ?

あと、この前、立身出世にご利益があるということで、高麗神社に行ってきました!

この神社の宮司さんは、高麗(コマ)さんです。西暦668年に朝鮮半島の高句麗国が、唐・新羅の連合軍に滅ぼされました。このとき、高句麗国の難民が日本にやってきました。その中に、高句麗王族の一人であった、高麗王若光もいました。712年に朝廷の命で、1799人の高句麗人を武蔵国に住まわせ、そこを高麗郡と名付けました。高麗王若光は、この地の郡司に任ぜられ、開発に貢献し、没しました。その後、若光は、民衆に神として奉られ、高麗神社ができたとのことです。以来、若光の子孫が、高麗氏を名乗り、代々、この神社を守ってきました。

高麗家の旧館

神社には、毎年、政治家、著名人、出世を願う社会人、皇室の方(現上皇様など)もお忍びで参拝されるそうです。

高句麗国は、中国から朝鮮半島までを部分的に700年間治めていた騎馬民族の国です。高麗一族の血は、少なくとも2051年(=2019-668+700)は続いていると考えられます。上皇様がこられたのも、皇室の歴史に匹敵するくらい長い歴史のある一族への敬意からなのかもしれません。

JR高麗川駅から歩いて15分ほどです。

視覚情報⇔イメージ

視覚情報とイメージの出し入れを行うには、どうすればよいであろうか?

目を開ければ、外界の情報が勝手に目に入ってくる。

目を閉じると、外界の情報は遮断される。今、見ていた風景は、イメージするしかない。

このとき、あたかも目でみているようにイメージすることは出来ないのであろうか?これができると、カメラアイという能力をもった人たちのように、風景をカメラのように記憶しておいて、それを頭の中で見ながら、情報をアウトプットすることができる。

参考書のページをめくっている風景を記憶し、後で、その風景を頭の中でイメージする。何ページの何処に何が書いてあったのかを、そのイメージの風景を、見て、読み上げるのである。内容は、理解していない。

どうすれば、できるのであろうか?

目を開いているときは、外の情報が常に目に入り、錐体細胞によって電気信号に変換され続け、脳内で認知される。

目を閉じているときは、視覚情報は遮断され、錐体細胞の信号変換も停止する(or 黒という情報変換をし続ける)。視覚という認知機能は、「錐体細胞による光刺激の電気信号変換」なので、光が遮断された段階で視覚による認知機能はなくなる。

よって、記憶した情報、イメージした情報を、視覚的に読み上げることは不可能であると考えられる。

しかし、もし、錐体細胞から信号変換された情報を覚えていて、脳内から錐体細胞を刺激し、その刺激の脳内への反射を認知できれば、あたかもイメージを視覚的に見るという体験ができるはずである。

しかし、電気回路を思い出せば分かるように、信号は常に漏れるので、伝送ステップが多いと情報の欠落も多くなる。

つまり、外界からの光情報を目で見ているときと、イメージを目で見るときは、下図のような情報伝達経路になり、後者の方が体内での処理が多いので、情報がロスが大きいということである。太矢印は、体内処理。

【目を開いて情報を認知するときの処理経路】

情報(光) → 光による錐体細胞の刺激 ➡ 電気信号変換 ➡ 脳内検知

【イメージ情報を視覚的に認知するときの処理経路】

イメージ(電気信号) ➡ 電気信号による錐体細胞の刺激 ➡ 錐体反応の反射➡脳内検知

また、イメージは記憶であり、そんなに精度よくとどめることは出来ない。したがって、錐体細胞を刺激するには至らないのである。

ところで、ここまで話てきて、そもそも、脳内イメージから錐体細胞を刺激し、それを視覚的に認知することなどできるのか?という疑問があると思う。

結論から言うと、私はこれは可能だと思っている。なぜなら、よくネットなどで落ちている、オレンジカード( オレンジ色の中に、青い丸の描かれたカード )を30秒ほど見て目を閉じると、瞼にその像、または色の反転した像を見ることができるからである。

目でみた視覚情報が電気信号になり、短期記憶され、それが脳内から目の錐体細胞を刺激するから、目で感じられるのだと思っている。なお、この情報を10秒ほどで消えてしまう。

よって、海馬だか、内臓だか分からないが、とにかく短期記憶で外界の情報をしっかり捉えられれば、視覚的にそれを見ることは出来ると思うのである。

※ 最も、ここまで記憶でとらえることができていたら、視覚的に読み上げる必要はないと思うが。。。

では、短期記憶を鍛えるにはどうしたらよいのであろうか?

よく、短期記憶は、脳の「海馬」というところに蓄えられると言われる。情報は電気信号だから、海馬がどのように記憶をとどめるのか?を理解し、それをコントロールできればよさそうに感じる。

この点については、また今度、考えてみる。

大伴部 博麻

 昔、大伴部 博麻(オオトモべ ノ ハカマ)という人がいた。「愛国」という言葉の由来となった飛鳥時代の兵士である。戦前教育では、必ず教わった人であるが、戦後GHQの洗脳教育(=日本人腑抜け化教育)の中で、真っ先に削除された。

博麻は、百済国救済のために大和朝廷が派遣した日本軍と、新羅・唐連合軍の戦いである、白村江( ハクスキノエ or ハクソンコウ )の戦い[661年]に参加した兵士である。

しかし、戦いは日本・百済連合軍の大敗。博麻は、唐軍の捕虜になり、長安に護送された。そこで、他の捕虜兵士や遣唐使で捕まっていた者たちとともに、長安で暮らすことになる。

しばらくして、唐が日本侵略を計画していることを聞いた博麻は、このことを日本に伝えなくてはないないと考えた。伝えるには、逃走資金がいる。そこで、博麻は、自らを奴隷として身売りし、その金でもって、仲間を脱走させた[670年]。

671年、仲間たちは対馬に到着し、事の大事を太宰府に伝えたという。大宰府には、当時、防人(サキモリ)という国家防衛のための兵士が常駐しており、この知らせを受け、より防備を固めたことと思われる。

さて、博麻は、以後20年も奴隷として長安で暮らし、690年に、たまたま長安を訪れた新羅使の知り合いに連れられて、半島を通じて、日本に帰国したという。

さて、帰国した博麻は、新羅使とともにもてなされるわけだが、その際に、持統天皇より「 朕 嘉 厥 尊 朝 愛国 売 己 顕 忠 」という勅語を賜るのである。天皇から一個人に対して、公の言葉を発せられたことは、記録上この一件しかない。

【意味】

朕は、おまえの朝廷を尊び、国を愛し、我が身を売って、忠誠心を表したことを喜んでいる。

この話は、日本書紀にも登場し、博麻は、「官位」「土地」「褒美の品」「子孫三代までの免税」といった恩賞を賜ることとなる。

親のため、子のため、友のため、愛する者ののために、今、ここまで己の身を犠牲にすることができる者がいるであろうか?

日本人として、愛国という言葉の由来を知るとともに、その美しさ、その深さをかみしめながら、生きていきたいと思うのである。大伴部博麻たち先人に感謝しながら。。。

一つ思うこと

生きていると色んな人に出会う。その一人一人に、色んな感情を抱く。

好き、嫌い、カッコいい、優しい、死ね、クズ、消えろ、馬鹿、尊敬、崇拝、反省、嫉妬、ライバル、殺意、遊び、協力、愛している、、、

その感情によって、行動がうまれ、出来事が成立する。

好きが、告白という行動をいざない、愛が成立する。

殺意が、殺人という行動をいざない、犯罪が成立する。

競争意識をもつことで、切磋琢磨し、成長する。

その中で、ライバル、敵、仲間、伴侶、パートナー、指導者、友人、家族などといった、自分と人との関係が定まる。

そして、喜怒哀楽をしながら、人は生きていく。

その行きつく先は、死 であるが、その前にふと思うであろうことに最近気が付いた。それは、、、

世の中で出会った全ての人は、皆、仲間であるということである。

共に笑い、泣き、遊び、苦しみ、、、

共に競い、罵りあい、殺し合い、勝ち上がり、逃げ落ち、、、

共に気になり、好きになり、愛し合い、助け合い、、、

皆、同じ時代を生きた仲間たちである。彼らがいなければ、自分のこの人生は成り立たなかったのである。

こう思えれば、過去・現在・未来のあらゆる迷惑な、不愉快な、我の尊厳を打ち砕くような出会いをもたらしてくれた人々でさえも、我が人生を一緒に作ってくれた仲間であり、大切な人達なのだ。

許すこととは、別であるが、これは重要な気づきである。

「分解」と「組み立て」は大事

私の勤めている会社には、今年も新入社員が入ってきた。様々な人事研修があるのだが、そのうちの一つを私がやることになった。

内容は、金型、CAD、解析、試験法についてである。皆、業務の一環で参加していることを人事からきつく言われてか、眠りもせず、しっかり聞いてくれた。

時折、知識を問う感じではなく、過去の経験や直感的な感想を問う質問を交えたり、その内容にまつわる関係エピソードを聞かせたのが良かったのかもしれない。

例えば、「分解」業務というのがある。これは、競合他社製品を購入し、分解して、構造、技術、コストの分析を行い、次機種の開発に活用するために整理する業務である。

関係するエピソードとして、私が知っているのは、二つの話である。

「種子島の鉄砲伝来」

「シャープ創業者:早川氏のラジオ」

 1543年8月25日、種子島にポルトガルの商船が漂着。商人が、鉄砲という武器を日本人に紹介した。領主:種子島時堯(種子島氏14代当主、当時16歳)は、鉄砲の威力を知り、2挺(チョウ)の火縄銃を即購入した。現代の額にして数億円である。 その後、 1挺を幕府に献上し、もう 1挺 を鍛冶職人に分析させ、自力生産を命令した。そのとき、鍛冶職人:八坂金兵衛の取った方法が、丁寧な分解と組み立てを行い、「構造、仕組み、材料、長所、短所」を整理することであった。そして、必要な物は作り、無いものは代替材料を使いながら、試行錯誤を繰り返し、2年後に国産化に成功した。

 当時、ポルトガルやスペインは、鉄砲を餌に興味を引かせ、法外な値で売り付け、それができない場合は巨大艦隊で押し寄せ強制的に植民地化を行う政策を世界各国で行っていた。いわゆる、大航海時代である。日本にもそうした時代の流れの中でやってきた。しかし、大量の鉄砲を日本に売りつけ、不条理な要求を突きつけようとしたときには、日本は、独自に高品質な鉄砲を大量生産する体制を整えてしまっていたのである。その火力は、当時のヨーロッパ全土の3倍という予測を立てる人もいる。そのため、侵略を断念したという。

 未知の道具に対し、知識が無くても、分解と組み立てを丁寧に行い、整理し、独自の鉄砲を作り上げた、鍛冶職人の努力がもたらした勝利である。我が国を、守ってくれた尊い考え方なのである。

数理モデル、シミュレーションなどがもてはやされる昨今だが、この職人魂を我々は忘れてはならない。

同じような話が、シャープ創業者の早川徳治氏にもある。。。が、これは、また今後。お休み。