本日は、トルクヒンジ機構の設計について考えたいと思います。
1.トルクヒンジ機構とは?
トルクとは、「力のモーメント」のことです。力のモーメントとは、「物体を回転させる力」のことです。ヒンジとは、蝶番のことで、剛体を回転軸に対して回転させる機構です。例えば、ドアを開く根元についている金具がそうです。この機構がないと、ドアを開くことは出来ません。ここで我々が行う動作を「開く」と表現しましたが、基礎物理学のような用語でいうと「回転運動させた」です。ここを理解できるかどうかが、重要です。
◎ドアを開く= 壁についた板を蝶番を回転軸として回転させた
さて、上記までの説明だとヒンジは分かりますが、トルクヒンジがわかりません。「力のモーメント+ヒンジ」ではよく良く分からないので、もう少し嚙み砕きます。設計現場には、トルクドライバーと言う工具があります。これは、所定の力でネジを回転させて締め付けるための道具です。この「所定の力で物体を回転させる」を、ヒンジにくっつけてみましょう。すると、「所定の力で、物体を回転軸に対して回転させる機構」と言う具合に解釈できます。つまり、トルクヒンジとは、「決まった力で物体を回す機構」ということです。だから、例えば、ある物体の自重が、トルクヒンジで定められた力より弱ければ、その物体をトルクヒンジで保持できることになるわけです。こういった使い方が多いので、一般的には、「任意の角度で自由に止められる」ヒンジ機構のことを、トルクヒンジ機構と呼びます。
◎ トルクヒンジ機構 =任意の角度で自由に止められるヒンジ機構
2.トルクヒンジ機構の実用例
「設計とは真似ること」という格言を、しばしば耳にします。確かに、機構を組み立てていく際に、「知識」がなくて進まないことは多々あります。そんなときに参考とするのが、公知となっている技術です。特許、実用新案、意匠、製品を参考にします。ここでは、トルクヒンジ機構として、我々が普段よく見る物を数点、列挙します。
例) ドア、ノートパソコン開閉機構、乗り物の椅子後部に収納されているテーブル、その他開閉機構
3.トルクヒンジ機構を考える事始め
まず、いかなる設計も、実現させたい事項を明確にする必要があります。その上で、回転軸を設けて回転させる機構が必須であるのならば、トルクヒンジ機構の構想を開始する。いきなり、トルクヒンジ機構という概念があって、それを物にくっつけるという発想では、上手くいかないことが多いです。
◎ トルクヒンジ機構の必要性を考えたか?
◎ 必要な場合、何処に設置し、どのように使うつもりか答えられるか?
答えられない場合は、構想設計をいったんストップした方が良いです。トルクヒンジ機構は、やや複雑な機構なので、いったん開発を進めると、結構パワーがいります。
4.トルクヒンジ機構に必要な機構を考える
ここでは、具体的にどのような構造が必要かを述べます。トルクヒンジ機構は、「トルク機構」+「ヒンジ機構」で成り立っている。従って、各部分に対応する構造を明確にすればよい。。。その前に、トルク部とヒンジ部を再定義しておく。
◎ トルク機構 = 任意の位置で回転を止める機構
◎ ヒンジ機構 = 回転軸に対して剛体を回転させる機構
上の定義を見て、その横に、具体的な構造が描けるようならば、次にその二つの機構を統合させることに思考を移せる。しかし、描けない場合は、上記(2)で言ったように、公知例を参考にするか、定義を自分が完全に構造が理解できるところまで分解する必要がある。
◎ 機構がイメージできないときは、完全に理解している(=絵に描ける)レベルまで要素に分解したり、公知例を参考にしたりしなければならない。
さて、ここで一例として、トルクヒンジの構造を構想してみたいと思う。まず、先ほどからくどいように申し上げているように、ヒンジとは、回転軸に対して物体を回転させる機構である。そして、回転させるときに、所定の力が必要なのがトルクヒンジである。と言うことは、まずヒンジ機構を考えてあげて、回転しにくくする仕組みを考えれば良いと分かる。
例えば、下図のようにヒンジをイメージしてみる。
回転軸に対して剛体を回転させる機構…
こうすれば、シャフトに回転体(剛体)をはめ込み、ストッパーで止めることで、ヒンジ機構が成立する。
ここで、もし「何処に設置する?」と考え、それが製品に搭載するということであれば、シャフトに剛体が一つ追加されることになる。
ここまでできれば、先に定義したヒンジ機構の基本構造が明確になる。高校の物理の知識しか使っていない。
回転機構をイメージできたので、次は、トルク機構を考える。トルク機構は、剛体を任意の角度まで回し、手を放すとその場で回転が止まる機構である。これは、どう考えればできるであろうか?
問題:回転しているモノを止めるには?
運動している物を止める最も基本的な考えは、「運動方向に壁を立てる」である。相撲の力士が、相手の突進を体で受けることをイメージしてもらえればよい。シンプルな方法で、回転方向の力に壁が耐えられれば強度的にはOKで、後は任意角度で壁が立つような機構を考えればよい。他にはないか??
日本の剣術の極意:真剣白刃取り は、何故、切り下してくる刃の運動を止められるのか??やっていることは、刃を両手で挟んでいる。回転方向に対して垂直の方向から力を加えて止めている。何故止められるのか?それは、摩擦力である。
運動する物体があって、それが摩擦をもつ面に接していると、その接触面を介して物体には、運動方向に逆らう力が働く。高校物理で、μ×N で記述された摩擦力である。摩擦係数と垂直抗力が大きければ大きいほど、運動を止める効果が高くなる。ここで摩擦係数は手のザラツキであり、垂直抗力は刀を挟むのに要した力である。回転運動を、この摩擦力で停止させる機構は、例えば車(自転車のブレーキをみてほしい)を見ていただければ顕著である。
以上、二つの回転運動する物を止める方法を考えてみた。私は、前者の壁を立てる機構は、「任意角度に追従して壁が飛び出る」を考える労力がやや苦労なのでで、思考の楽な後者を考えてみたいと思う。つまり、「摩擦力で止める」である。
上図が、トルクヒンジ機構の基本構造である。これで、回転運動と任意角度で停止させる は、原理上実現できる。これを具体化する際に、あと考えねばならないのは、「摩擦力による部品の摩耗を軽減させる機構」である。例えば、バネワッシャーを向かい合わせにして摺動部品間に挟みこみ摩擦面を限定的にし、最後にナットで締めこむなどである。※ ここは、ヒンジメーカー各社の極意がつまっています。
5.トルクヒンジ機構に必要な性能(モーメント)を考える
先の図に対して、簡単にモデル化してみると、例えば、下図のようになる。
Fは操作力、fは摩擦力である。Wは、場の力である。一般に任意角度で停止することが問われるのは、放っておくと重力などの場の力で回転体が動いてしまうからである。よって、モーメントを考える際は、場の力を考えておくべきとし、描いた。
さて、上図において、搭載するトルクヒンジに最低限必要なモーメントは何であろうか? 操作力の項を取ればよいので、M=Wl-fδ [Nm] である。逆に、最大値は摩擦が消えた時だからM=FL+Wl である。
また、上記のようになるには、どれくらいの力でストッパーを締めつけていればよいか? 操作力を加えていない状態で、動いてはならないから、摩擦力と場の力が釣り合っていることが前提である。⇒ W=f
Wは、回転体の形状で決まるのでここでは既知の定数とすると、
W=f=μP ⇒ P = W/μ と考えられるので、トルクヒンジのストッパーを締めきる力Pは、W/μ 以上にすればよいと分かる。
◎ トルクヒンジのモーメント:WI-fδ≦M(≦WI+fδ) を作ればよい。
◎ ストッパーの締め付け力:P≧W/μ
以上、トルクヒンジ機構の基本について書いてきた。自分で設計するときに、または専門のメーカーさんと交渉する前に計算するのに役立てて欲しい。
本日の動画:塩川の滝
ここはかつて熊野信仰にのっとり、滝をご神体とした滝行が行われていた場所です。涼やかな姿ですが、見ていると何だが温かい気持ちになります。頭もさえてくるような気がします。各1分ほどの動画ですが、お楽しみください。相模原市の塩川滝は、車で直接行けます。また、滝の近くに、鮎料理屋、兼温泉旅館があるので、身体を休めることもできますよ!おすすめです。
滝口
滝壺
全景