自伝 -上-

自分の人生を日々見つめなおしています。その中で、私という人間の成り立ちを分析する意味も込めて、「自伝」を書くことにしました。ある種の物語になっているので、時間のある方は読んでみてください。

==============================================================

私は、バブル華やかりし時代に、生まれた。

父は自営業を営み、母は専業主婦。姉と二人の兄がいた。(姉は後に他界)

祖父と祖母は、神社と農業の仕事をしていた。戦前は、先祖が開拓した広大な土地を代々相続する地主であった。終戦直前に土地の無条件割譲を軍に要求され、戦後は農地改革で全ての土地を失った。その後、怒涛の如く入植してきた素性の知れない者たちに、自分の命を懸けて守り、育ててきた土地が蹂躙されていくのを、どのような気持ちで過ごしてきたかと思うと、神社の仕事と農業を営んでいた理由が分かる気がする。祖父の姉は尼僧であり、渋谷で尼寺を営んでいた。私が生まれたのは、その祖父の姉が亡くなった三か月後であった。

私の記憶の中にある、この世界の初めての光景は、黄色い光。色んな人が私を覗き込む顔であった。次に覚えているのは、歩き出して自由気ままに過ごす快適さと、我がままをすることへの喜びの感情であった。何をしても、周りの人は、私を正義とし、尊び、支えてくれた。そしてしばらくして言葉を話すようになると、物事の善悪を教えられ、今度は、毎日泣く日々であった。

5歳を過ぎると、自分の家族の関係を理解し、良いこと、悪いことが何となく分かり、毎日遊んでいたと思う。毎日無邪気に遊んだ。砂でお城を作ったり、秘密基地を作ったり、走り回ったり、アニメを見たり、ゲームをしたり、竹藪で竹を切ってきて弓矢を作ったり、父の職場に潜入したり、母の買物についていったりするのが楽しみであった。毎日が、楽しかった。

7歳になり小学校に入学すると、習い事が始まった。私の無邪気な時代は、終わりを迎えた。公文、そろばん、ピアノ、学研の科学実験キット、水泳etc 、、どれも今思うと魅力的なスキルであるが、当時は、嫌いであった。特に水泳はダメで。。水が怖くて、プールサイドにしがみついて泣き、コーチを困らせた記憶がある。。が、不思議なことに最も大成したのは水泳であった。5年後には、10個の階級をクリアし、選手コースにまで進むことができた。これは、兄弟の中で最も出来の悪かった私の、、幼少期の唯一の勝利であった。。誰にも、たたえられなかったが。。

小学生も高学年になると、中学受験の勉強が始まった。親からは、中学受験は「するもの」と教えられていたので、全く先入観なく塾に通っていたが、二次成長に至っていなかった私は、兄たちと違い論理的思考も遅れていて、全くできなかった。。。算数:偏差値48、国語:偏差値53、社会:偏差値62、理科:偏差値41、これが当時の私の精一杯の実力であった。

全ての科目で偏差値65を超えていた二人の兄からすれば、恥ずかしい、馬鹿な弟であった。純粋だった私は、それを恥じ、毎日が辛かった。何をされても言い返すことができなかった。毎日神頼みし、毎日勉強して、毎日泣いて眠った。

二人の兄を当然のように見てきた父母は、偏差値60を超えるのは普通だと思っていたので、私を激しく叱責し、罵詈雑言という言葉の暴力を三年間、私に与え続けた。手を挙げなかったのは親心であろうが、代わりに兄たちがそれを代行した。

幾つか上げると、

・豆腐屋の角に頭をぶつけて死ね!

・顔もダメ、頭もダメなら、何のとりえもない。そんな奴は、我家の人間じゃない。

・馬鹿な理由を説明しろ!親を馬鹿にしているのか?

・○○?あいつは、出来ない奴だからな。。

・何でいつも怒られると黙り込むの?何を考えているの?何で泣くの?何時間泣いているのか?今日は一晩、外で正座してなさい。

である。私は、この時、本気で自分は父母の子ではないと思った。

今は穏やかな親や兄たちからは想像もできない時代があったのである。本人たちは、忘れているが、、。私は、この時代、自殺することを真剣に考えていた。しかし、学校の愉快な仲間たち、可愛いワンコとの思い出を一瞬でも思い出すと、彼らと離れたくなくて死ぬことができなかった。彼らは、私の救いだった。7歳から始まったスパルタ教育は、こうして私の知能の成長を鈍化させ、精神を歪めることになった。一方で、地主や金持ち連中が放つ、根拠のない自信や他人を見下す雰囲気が良くないことに気づき、公平な目線を養うことになったことは、良いことであったと今も思う。

こんな生き地獄のような時をへて、私は、当時偏差値51だった私学に合格した。兄たちは、私を揶揄うことを止めなかったが、私にはやっと地獄から地上に出た気持ちで、その都会的な、キザで、馬鹿で、大雑把で、欲におぼれた校風に、おぼれた。こうして2年の月日が流れ、私は中学三年生になった。

ここまでの人生で学んだことは、下記である。

◎ 人は公平ではない。

◎ 神様は神頼みしても助けてくれない。でも、神頼みすると心は救われる

◎ 友達と犬、良い思い出、夢は、人を救う。

◎ 傲慢は悪、謙虚が正義。

◎ 言葉の力は、とても強い。その扱いには注意しなければならない。

◎ 暴力は、絶対にしない。暴力をするのは、精神が弱いからだ。

(-中- に続く)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です