自伝 – あとがき1 –

自分の人生を日々見つめなおしています。その中で、私という人間の成り立ちを分析する意味も込めて、「自伝」を書くことにしました。ある種の物語になっているので、時間のある方は読んでみてください。

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 過去三回にわたって、私の人生を振り返ってきた。自分で読み返してみて思うのだが、「私のような人間がいかにしてできたのか?」が、それなりに表現できたと思う。しかし一方で、それぞれの出来事、学び、行動が、全て私に正義があり最適であったかのような文体でかいてしまったが、実際はそんなに美しくはない。これは、人は記憶の癖として、お許し願いたい。

その実際の、もっともっと美しくない、文字通り「愚かな」「愚図(グズ)な」「汚らわしい」「下衆な」「幼稚な」「お調子者な」「恥ずかしい」、そんな姿に、私という人間の本質があるのであるはないかと、感じる。そこで、今覚えている限りの、私の恥ずかしいエピソードを書き出し、我が自伝を終わりにしたいと思う。

【自伝 -上-】誕生~中学生まで

・保育園で、5歳までは、女の子たちとお飯事やアヤトリをして遊んでました。

・立ち上がっている友達の椅子をずらして、友達が座るときに尻持ちをつかせる悪戯を良くしていました。発見されて、先生に激しく怒られました。

・小学校の頃、教育委員会による処罰明けの先生が担任になり、いわゆる差別を受け、ABC評価の中で、15/20が「C」判定をくらいました。その先生は、幼女偏愛主義者でした。教員だった母は、テストで100点を取っていた私が「C」なのはおかしいことは知っていたが、相手が相手だけに、「教員は、昔は聖職者でした。その時代は、理不尽なことがあっても、先生が絶対でした。まだその時代の習慣は残っています。今は一度受け入れ、耐えなさい。(当時は、戦前生まれの先生がまだおられた。)」と言われました。

・これを受け、私は「テストで100点とってもC判定、じゃあ0点でもいいじゃん」と思い、試しに、カンニングをしてみました。。が、そんなときに限って、カンニングがバレ、0点を取りました。

・ピアノが嫌いで、自宅まで来ていた先生の前で一時間だんまりを決め込みました。これは明らかに私がいけないことです。

・公文の夏休みの宿題「1000枚チャレンジ」が辛すぎて、300枚ほど捨てました。結局、それはバレたが。。。

・中学受験が忙しくて、そろばん教室に行きたくなく、学校帰りにさぼりました。結局、バレたが。。

・中学受験の勉強が精神的に辛すぎて自殺をしようとし、家の二階の屋根に上ったが、しばらく色々考えた挙句、あきらめ引き返す時に、落ちました。落下時の「痛い匂い?」のような嗅覚的感覚を今も覚えています。。

・中学の頃、隣のクラスで、同じ部活の女の子に初恋しました。本当に好きな人には、何もできませんでした。自分の引き出しがなさ過ぎて。。

・中学の頃、「キモい」とか、「調子にのっているんじゃねー」とか言う言葉が、日常的にとても多い環境で、心を痛めていました。私も会話のちょっとしたところでほぼ毎日言われた気がします。私は、そんなことを言う多くの奴には、成績でも、運動でも勝っていたので、「で、何?」といって気にしていませんでしたが、昔親に言われた「顔もダメ、頭もダメなら、何のとりえもない。そんな奴は、我家の人間じゃない。」というトラウマと結びついて、実は酷く落ち込んでいました。(※ 「キモい」と平気で人に言う人が、没落する仕組みは、後日、記事で述べたいと思います。)

上記は、中学生までの頃の思い出です。私の覚えている恥ずかしい思い出です。特徴を整理すると、、、

① 好奇心旺盛で無邪気 ( → 悪いことしても、「理由」は言えない )

 結果がどうなるか分からんが、何だか面白そうだからやってみよ..という短絡的な考えで変なことをすることがしばしばあった。これはエンジニアになった今、実はとても重要な感覚で重宝している。大人になると、「結果予測」と「何だか、という感覚の根拠」を説明できるからである。これは、「ここをこんな形状にしておけば、強度的に強いはずだ」という目算を立てる思考につながっている。もっと大事に育てて欲しかったし、育てるべきであった。

② 自分勝手

 子供の特徴です。子供は、早くから規律と品格のある集団生活を送らせるべきだと感じました。少年野球や、武道がやりたかった。

③ 中途半端

 結果の善悪は別に、「怒られて、その理由がわからず、罵倒され続けた」記憶が強すぎて、何事も迷いが多く手が付かなかった。極端な話、「次に息を止めるか否か、それぞれどんな未来になりうるか、怒られないか?」のような意味のあまりないことをよく考えていました。最近知ったのですが、これは、勉強や仕事ができない者の特徴です。雑念だらけだったのです。これは怒られた理由をちゃんと明確にできなかったことの弊害だと思っています。私は、自分の子供には不当な叱りはせず、しても子供が悪いことをした理由を考える手伝いをしながら、子供が納得する理由を見つけるまで向き合いたいと思っています。それが、知能の成長と、物事に向き合う真の集中力を養うことにつながると実感しているからです。

④ 感受性が強い

 言葉の強さを人一倍強く感じる特徴があります。相手のあいさつ変わりの「キモい」とか、「バーカ」とかにも、鋭敏に反応してしまいます。

【自伝 -中-】中学生~高校まで

・化学が絶望的にできず、パワハラ教師からは授業中は音読要員と指定され、「音読の○○」と呼ばれていました。読んでも、ちっとも頭に入ってこなかったが。。

・陸上競技部に所属していましたが、「雑念が多いことによる中途半端」な特徴のため、練習に身が入らず、ジョギングばかりしていました。

・高校の頃、皆とつるんでの行動(ex.つれション)が無駄に感じ、一人で行動することが増えました。実際、理系クラスは少なく、クラスメイトと共同の授業はほぼなかったので、全く問題はありませんでした。代わりに、理系クラスの人とはしばしばつるみました。

・数学、物理、英語の偏差値は、10月頃まで偏差値50を超えることはありませんでした。しかし、11月の防大受験の一週間前の夜に、数学、物理、英語の問題へのアプローチ方法を開眼し、合格しました。このとき、雑念を捨て、真に目的に集中することの威力を知りました。が、これが中々コントロールできないのだが、、

ここで改めて特徴を整理すると

❶ トラウマを引きづっており、トラウマとなりつつある物がある。

❷ 中途半端

 結局、過去のトラウマが雑念生み、中途半端な生き方をさせてしまっている。そして、また更に追加されたトラウマが、さらなる中途半端を膨らめてしまっている。完全に悪循環であった。。だか、本当にその「迷い」を断つきっかけが、防大受験であり、その合格であった。全問自信をもって回答し、見直し時間も十分に取れたなど、自分の人生ではなかったことである。下記に、当時のヒントとなった参考書を上げておく。。

〈人生を変えるきっかけとなった参考書〉

◆ 為近和彦.「為近の基礎物理Ⅰ・Ⅱ 」,代々木ライブラリー,2004.

◆ 漆原晃.「漆原晃の物理 物理Ⅰ・Ⅱ明解解放講座」,旺文社,2000.

◆ 富田一彦.「富田の英文読解100の原則 -上/下-」,大和書房, 1994.

◆ 佐々木和彦.「英語長文が面白いほどとける本」,中経出版,2003.

◆ 鈴木友康・狩野裕健.「合格英単語600」,ごま書房,1999.

これらの本に出会い、「論理的な考え方」「問題へのアプローチの仕方」「自分の知識の引き出し方」が分かりました。受験にとどまらず人生のヒントを与えてくれた名著だと思います。今もそれぞれヴァージョンアップして出版されているので、興味のある方は調べてみてもらえたらと思います。

本日は、ここまでにしたいと思います。

【本日の動画】

ベートーヴェン – ピアノソナタ8番「悲愴」第二楽章 – Beethoven – Pathetique Piano Sonata No.8 Op.13-2

私が子供の頃から好きな曲です。私には、温かく優しい思い出が次々に想起されて、辛い思い出が浄化されるような、そんな気にさせてくれる曲です。ノクターンOp9-2も好きです。

引用:CANACANA family 様 

いつも素敵な曲を届けてくださり、ありがとうございます。

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